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この記事を書いたきっかけ
「PinQulをクローズします」にて事業のふりかえりをしている文章の中に「アプリビジネスは完全にダウントレンドにある」という一節があって、ここから話題が広がっていったのを機に上記の記事を読みました。そして色々思うところがあったのです。
(Twitter上で多くの共感を集めた投稿)アプリビジネスは完全にダウントレンドというのは自分も前から思っていた。リッチな体験、通知を遅れることはアプリの利点だが、他PFからの流入なども含めたプロダクトのコアな検証はwebモバイルが1番早いはず。
— sadakoa (@sadako_a_) August 16, 2018
例えば「モバイルアプリがWebに負けはじめた理由」ではWebアプリがモバイルアプリに比べて優れているでろうという点を分析させています。
そして僕が注目したのは以下の部分について
もっとサービスレベルの話でいくと、初めからwebでやればよかったというのもミスだったと感じている部分です。
最初にアプリで出すことにこだわりすぎてしまい、プロダクトの検証が遅くなってしまいました。ライブコマースの視聴・購入体験をよくするためにアプリでなければならないと思っていましたが実際にはwebでもほとんど遜色ないものを提供することができました。
PinQul のこれまでの軌跡をみると、2017年10月にiOS版リリース。2018年04月にAndroid。5月にWeb版。という情報がありました。
つまりiOS版をリリース後に少なくとも半年はAndroid版やWeb版を開発しつつ、iOSアプリの方向性を変えPMF(プロダクト・マーケット・フィット)を探っていたことになる。 その期間を3プラットフォーム並行開発するよりWeb版一本でフォーカスしたかったな、という後悔が出てしまうのは共感できた。なぜなら我々も同じような状況で悩み、現在モバイルアプリを開発しているからです。
そんなPinQulのIF...を元に、改めてスタートアップが新規プロジェクトなモバイルアプリを今0から作りはじめるとき、技術的な観点でどの道具を選択するのか、というのを考えてみたかった。
新規プロジェクトというのは俗に言うスタートアップでなくても1企業の新規事業部が0から作り出すソフトウェア製品のことでもいいです。
2012年のビーンボール
最初にPinQulの記事を読んだ時に2012年のマーク・ザッカーバーグのインタビューから起ったネイティブ/Web論争を思い出してしまいました。
これは当時Firebug作者でありiOS向けフレームワークthree20開発者でもあるJoe Hewittを中心に開発されたネイティブ実装で評判もそこそこ良かったFacebookの公式iOSアプリを、ある時に全面的にWebベースのハイブリッドアプリに置き換えようとした所、パフォーマンス問題などが顕著になりネイティブアプリに作り替えた時のものです。
マーク・ザッカーバーグのこのきわどい発言は、その場では投資家向けの弁明も含むもので、補足もされたのですが。様々な反論や憶測を呼び、業界を騒がせることになりました。
その後FacebookはPHPの魔改造Javascript拡張からReactを生み出し、2度3度ネイティブアプリ開発への移植に挑戦した後にReact Nativeを軌道に乗せているわけで、先の弁どうりWeb技術を諦めていない。というのはガチであったことが伺えます。
この一件は、PinQul とFacebook のビジネスのフェーズが全く異なるにも関わらずダブって見えます。おそらく2012年時点で「Webアプリはダウントレンドで、我々はネイティブアプリにフォーカスする必要がある」という空気が業界を襲ったことへの揺り戻しを感じさせるからでしょう。
当時の時代背景を知る手段として「Webはクソ。ブラウザはマジなんとかしろ」の記事をあげます。ここでは進化の遅く足並みの揃わないWebアプリ開発プラットフォームはネイティブアプリに比べて遥かに劣っているという意見が述べられています。
いま、Webは重要な転換期の中にいると私は思う。Webはデスクトップアプリケーションと同等になるのに10年以上かかってるし、しかもイマイチだ。そしてネイティブアプリが加速していく中でWebは絶滅の危機に瀕している。
——そして話は現代に立ち戻ります
モバイルWebファーストと貧者のツール
「貧者のツール(道具、技術)」とは、より少ないリソースしか消費できない環境で、なんとか道具を工夫して製品開発を達成するための考え方の通称で、「人ナイ物ナイ金ナイ」のスタートアップ向きであると言えます。
この貧者のツールとして、スタートアップが新規プロジェクトにモバイルWebファーストを採用する利点としては以下があげられると思います。
チームのエンジニアや開発するコードベースを最小にして高速に開発できる
通常のアプリ開発プロジェクトではWebバックエンド/iOSアプリ/Androidアプリ/フロントエンド。など技術やプラットフォームによって開発担当者をアサインすることが多いかと思います。
モバイルWebファーストにすることで、iOSアプリやAndroidアプリの開発に1-2人ぶんのリソースが取られることはなくなります。またWebアプリ開発者はバックエンド開発の片手間にフロントエンド開発も身に付けている人材が多いので、API→アプリクライアントサイドのコミュニケーションも短縮できる可能性があります。
高速に仮説検証できる
変更する対象コードが少なくデプロイも早い。担当する開発者間のコミュニケーションも省ける。となると高速にプロダクトを仮説検証できる 、というのが想像できると思います。
留意すべき点
しかしモバイルWebファーストの良い面の裏に、思わぬ落し穴が隠されているケースもあります
高速な開発を実現する為に選んだモバイルWebファーストが逆に開発の遅延を招く可能性も考慮すべきです。以下はその一例です
- Webアプリの方が実現が難しい機能
- デバイスに近いAPIを活用するアプリ
- ネイティブアプリで楽に実装できるパターンがよく知られている機能
例えば「QRコード決済アプリ」。これを僕が最初に想像した時はMediaDevices系のインターフェイスでWebでもサクっと実現できそうだなー、という印象でした。
しかし現実の QRCode Scanner のデモコードを見るとC言語のライブラリをJavaScriptに変換し、バックグラウンドでカメラをオーバーレイしたcanvasから抜き出した画像データを送りつける、という過激な実装で実現されています。
またデバイスに近いAPI、OSの機能を呼び出して実装するアプリはウェブで自力実装しづらいだけでなく、実現不可能=詰み状態が訪れる危険性もあり、注意が必要です。
その機能要件はネイティブアプリのが実現しやすいのか? Webで充分に開発できそうか? というのは結局両プラットフォームに精通した視点が要ります。貧者の組織にそのような人物の助けを借りることができるか? というのは怪しかと思います。
PinQulの開発が開始されたであろう2017年の春頃にライブECの要件(明日にはガラっと変わるかもしれない!)はWebアプリで充分に満たせるはずだ! と0ベースの状態で断言できるエンジニアはいないと思います。
スタートアップはスピードが命ですから、もしそれをやるにはプロジェクトの開発が決定する前からアイデアの技術的な検証を普段から行っていないとできません。
Komercoの技術選定
Backend as a Service (BaaS)を活用してサーバーサイド開発の工数を減らし、徹底的に仮説検証して高速に新規サービスを開発するぞ! という考え方があります。
理想的なプロジェクトではバックエンド開発に携わる工数を大幅に削減でき、貧者のツール的であると言えます。
この思想でFirebaseをフル活用して作られたサービスに、クックパッド新規事業「Komerco」というアプリがあります。
Komercoは2018年6月にリリースされ、現在はiOSアプリしか提供されていません。
Komerco開発チームがこのままAndroidアプリやWeb版を開発するつもりなのか、iOSだけでサービスを検証してゆくのかは注目どころです。
※ 同じ手法で開発された「Cookin'」というプロジェクトはiOSアプリだけをリリースした後に、7ヶ月でサービスが終了しました*2
螺旋の原則
「技術選定の審美眼 」という名スピーチがあります。
ソフトウェア業界の技術トレンドは、一見振り子のように同じ場所に戻ってくるように見えるが、螺旋状に変化している。螺旋を作り出す技術要素の差分と、変化の中でも変らない抽象的な考え方に注目することの重要さが説かれています。
この螺旋の原則でいうと。モバイルシフト、アプリファーストの後にWeb回帰というストーリーに中に以下のような差分が潜んでいるのだと思います
- アプリがコモデティ化して、ネイティブアプリであること自体の競争力が弱くなった
- PCのWebブラウザからモバイルのブラウザへ主戦場が移った
- ブラウザやフロントエンド開発環境が劇的に進化した
例えばフリルやメルカリが世にリリースされたのは奇しくもFacebook HTML5ショックの2012-13年です。この時期にモバイルアプリファーストの開発に注力しているサービスは少なかったと記憶しています(そしてフリルはTitanium Mobileによるハイブリッドアプリ技術を選択し、メルカリはネイティブアプリSDK開発を選びました)。
多くのサービスは先ずデスクトップ向けサイトがケータイ対応し、それを元にスマホ対応→アプリリリース。と開発うるのが通例だったと思います。
この時期にネイティブアプリのUXを高めることにすべてを投資したプロダクトは現在も伸びています。
はたして2018年にモバイルWebファーストで開始するサービスはどうなるでしょうか、非常に気になるところです。
私たちのケース
締め括りに身の上話をさせていただくと、先日私たちもPinQulと同じような状況でネイティブアプリ開発に舵を切りました。
その時は直前までWebアプリ以外にもReact NativeやFlutterでの開発を考えて綿密にプロトタイプ開発をして準備を行っていましたが、スタートアップにありがちな「ある日状況が変わった」というやつが発生しました。
その時の意思決定の理由は以下です
- 一番手を動かしてコミットしてくれそうな新入社員のエンジニアがネイティブアプリ開発が得意だった
- それをサポートするエンジニア(僕)がだいたい何でも対応できた
- AWSからGCPに切り替えることができ、Firebase(BaaS)を全面採用できた
- 開発対象の要件がだいたい想像できた
そこから学んだことは以下です
- 仮説検証やPMFは1プラットフォームで行った方が良い
- 選択するプラットフォームは人的要素で決める
- 「隣の芝生は青い」を乗り越えるにはプロトタイプを作り続けるのが重要
P.S. 現実のプロジェクトとして実際に手を動かし、そのふりかえりを共有してくださったPinQulチームと井手さんに心から感謝します