氷川透『真っ黒な夜明け』


推理小説家志望の氷川透は久々にバンド仲間と再会した。が、散会後に外で別れたはずのリーダーが地下鉄の駅構内で撲殺された。非情の論理が唸りをあげ華麗な捻り技が炸裂する。第15回メフィスト賞受賞作。
氷川 透。横浜生まれ。A型、射手座。東京大学文学部卒。1997年鮎川哲也賞最終候補に残った『眠れない夜のために』が島田荘司氏の注目を浴びる(原書房より近刊予定)。その後、音楽に浸る生活を送るなか出合った事件を描いた本作で、第15回メフィスト賞を受賞。推理小説家としてデビューを果たす

「好みそうな読者がいちじるしく限定される」

軽い出だしから始まったと思えば、事件が起こる否やなんだこの背脂メタ本格小説ぶりは。でも面白い。いや感心した。さすが注目をあびる優秀な書き手(誤爆は当然不可抗力である)。ただ、本格読みではない人、いわゆる「読者への挑戦状」を真顔でスルーするような人にとっては、どうだろう。もう、「あるいは真実はこうかもしれない」「こういう仮説も成り立つかもしれない」「ああでもないこうでもない」「そのトリックには無理がある」「いや、しってるけどね」とかを延々と繰り返す中盤は沸点一直線かもしれない。でも、本格ミステリとしておさえておくべき作品すら読んでない俺でもそこそこに、この小説内徘徊は楽しめたから、そうとも言い切れないか。でも間違いなく、じらされるのが嫌いな人にはおすすめできないな。

小説ならではの、視点に関する話

気になった点をいくつか。作中で登場人物・氷川透からも語られているけど、本格ミステリ小説、この場合登場人物の中に真犯人がいて、名探偵がラストでばーっと暴く、という形のもの。において、3人称視点で物語を構成させることの難しさは確かに思っていた。この作品では場面は地続きになっているものの、忙しく次々と「視点キャラ」が切り替わっていって、ほぼ全キャラの登場人物の心理描写がなされるのだけど、その中では当然真犯人自身の描写も出てくるわけだ。でも、そこで心の中で「自分が殺した」などと言ってしまっては本格は成立しなくなってしまうから、巧妙に読者を騙しつつ、ある時は矛盾を含(む)みそうなぎりぎりの線で心理描写したり、肝心なところは隠さなくちゃいけなくなる。そこでこの作者が取った方法は、あらゆる材料や、トリックの可能性を書きだし、登場人物に「ああでもないこうでもない」させることで、真実の部分を見えにくくしよう、という「木を隠すなら森の中」戦法で読者を惑わしてくることだった。(違ってたらごめんだけど巻末の島田荘司の解説を読んでもそのようなことが書かれていたので、意図的だろうと思った)だから、かなりじれったい進行になってる。本格の世界も難しいものだ。

フィクション・ノンフィクションを暈かした上での自分語り

この話はフィクションでありながら、著者・氷川透が実際に出会った事件を元にして書かれたものらしい。で、そうすると登場人物の氷川透はほぼまんま著者を描写しているのだな、と思って読んでいた。そう考えると、随所で出てくる氷川以外のキャラから語られる氷川像、音楽的評価が、心理描写と見せかけて、見事にド自分語りになっているではないか。思えば、「本格小説語り」も作家からしてみれば自分語りに近いし、そう考えると面白いけど、なんだかこっ恥ずかしかったりした。
また、氷川透本人が運営する公式サイトではプロフィールページから「ヴァーチャルカキコ」なる、ずば抜けたネーミングセンスを感じさせるフレーズを披露されており目を離せない。
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