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改めて、ぬるオタ再生産『げんしけん』語り

id:laiso:20050302#genshiken_x_inachuの続き。
俺はアニメから入ったので放送終了と共に、『げんしけん』熱は冷めてすっかり過去の作品になっていたんだけど、なんだか最近『げんしけん』語りがアツイらしいのでノリます。
げんしけんが『行け!稲中卓球部』を思わせるってのは、俺はid:matuoka:20041111さんが言ってるのを見てid:laiso:20041201#1101877947で書いたんだけど、ちょっと気になって調べた限りでは2002年にアフタヌーンで連載が始まって年末に単行本第一巻が出た時期に2ちゃんねるのどこかのスレッドでそういう話が出てるのを知って、ああそんなに奇説でもないんだ、とか思ってたけど、その頃は「キャラの造形がかぶってる」ぐらいにか扱われてなかったみたい。(オンナキャラの共通点でいうと、春日部と岩下は「勝ち気、オシャレ、部外者(選手ではない)、恋人関係」大野と神谷は「引っ込み思案、後出、乳、師弟関係」ぐらいの)でも、俺はみんな「あ〜るだあ〜るだ」言ってることもあって捻くれてみるかってことで、「≒稲中」にしてみたんだけど、考えてみるとキャラクター以外の所も結構通じてるぞ、と。でそれは古谷作品全体に言えるんじゃないか、ということになった。麻草さんの言う単にキャラが当てはまるかどうか、ではなくて、作品の視点が違う」というところが重要な気がする。

そもそも『げんしけん』は成長物語なのか

思ったことをポツポツ書いてくけど、今回他サイトを見てるうちに「『げんしけん』は成長物語なのか」ってことを疑問に思った。『げんしけん』の各話で「成長」という言葉を思い浮かべていくと、まっ先に第一卷の笹原の「俺に足りないのは"覚悟"だ」=「自分をさらけ出す覚悟を決めた」ってシーンだけど、その後の笹原は成長をぱったり止めている印象がある(会長のポストには就いたけども)第五巻のコミフェスのエピソードにしても、創作活動をはじめたがナァナァで事を進めてその割に成功もしたけれど、終わった後には「もういいっすわ〜」でオチちゃってる。
しかし、成長を表していると思われるシーンもいくつかある。具体的な箇所は覚えてないけど、例えば、台詞ナシで黙って遠くを眺めているようなカットが作品中に度々出てくる。「台詞(フキダシ)には出してないけど、このキャラはこのシーンでナニかを考えてますよ〜」と言う具合に。感慨に浸って、その末にナニかを悟ったとでも言いたげだ。

物語の中で時間が流れているということ

げんしけん』は基本的に一話完結の物語でありながら、物語の中では笹原達は進級もするし、斑目達先輩が就職活動をはじめるし、新入部員も入ってくる。つまり時間は流れている。何故物語の中で時間は流れるか、と考えると思い浮かぶ理由としてはキャラクター(舞台・設定)の「変化」を描きたいから。そして、キャラクターにおける内面的な変化はすなわち「成長」(またはその逆)になる。

物語の中で時間が流れない場合は成長しないのか

逆説で考えてみる。物語の中で時間が流れない場合に成長を描くとどうなるか。例えば映画版『ドラえもんのび太ドラえもんに助けてもらったり、仲間との協力を得たりして「敵」を倒し、最後には「成長」する。が、その成長は時間の流れる物語と違って、次の話には継承されない。またドラえもんに泣きつき無理難題を言ったりする。つまり、一話完結の完結の部分で、成長は「リセット」されている。

銀河鉄道999』は物語の中で時間は流れているのか

  • 要点:各話での成長はリセットされるが、最終回では成長して終わる。という場合について(後回し)

木更津キャッツアイ』と『げんしけん』の共通点

  • 要点:「成長(成熟)を後回しにしている登場人物たちの日常」(後回し)

展開予想:『げんしけん』は段階を踏んで成長していく

  • 要点:オタクコミュニティから外れたオタクの集まりに参加(入部)→オタクコミュニティに参加(コミフェス)→「学校」への参加(生徒会のやりとり)→一般社会に参加(就職)→オタク賛歌(次回作にご期待下さい)
まとまらないまま書いているので、後から書き足すかもしれません

さぁどうやって「稲中(古谷作品)」に繋げていこうか。なんか繋がらない気もしてきた。むしろそこまで行く前に飽きるかもしれないけど。