ザ・ノンフィクション「母よなぜ僕を捨てた(2)同居と失踪」

友和の生い立ち

友和は5歳の頃に両親に捨てられた。
両親は彼を施設にあずけた後、離婚。以降、共に居所さえ分からなくなっていた。施設に居る頃、友和は母への気持ちをこう語っていた。
「何で産んだ子どもをそんな簡単に(施設に)送るのかな。産む前に"この子はこうしてやりたい"という希望があったと思うから、そういう希望を聞いてみたい」
その後、友和は通っていた高校を中退、施設を飛び出し、憧れの一人暮らしを始めた。しかし金もない、頼れる家族も居ない。友和はそんな生活にすぐに限界を感じた。
ある日、戸籍謄本から母の居所を知った彼は、翌日仕事を休み母の元を訪ねることにした。

大安アパートの住人

千葉の銚子にある「大安アパート」では身寄りのない者、ちょっとした過去を持つ"訳ありの者"が格安の家賃でお互いを支え合い生活をしていた。皆が集う部屋の主人は鈴木貞正さん(63)、住人達のまとめ役であり世話好きである彼は近所のホームレスの間でも有名で"弁護士"の愛称で慕われている。友和の母、信子さんも鈴木さんが親代わりとなり面倒を見ていた。しかし、そんな鈴木さんにも意外な過去があった。カラオケパーティーの場で酒に酔った鈴木さんは取材陣にこう語った
「正直言って……俺、刑務所に25年入ってきている。ヤクザをやっててね女房も何人かいたけれども……」
子持ち同士で今の妻、君子さんと結婚した鈴木さんは、子どもが自立して親元を離れたのちここ大安アパートに落ち着いた。今は建設現場で作業員を派遣する仕事をしている。友和の母、信子さん同様鈴木さん夫婦を慕って大安アパートに越してきた加藤優子さん(47)。29歳の頃、夫と共に出稼ぎのために地元北海道を出て上京してきた。しかし、2年前に病気で夫を亡くし身寄りのない加藤さんは鈴木さんを頼り、このアパートへとへとやってきた。
そんな、加藤さんは最近隣町に住む斎藤義之さん(64)と付き合うようになっていた。この2人の仲を取り持ったのは恩人である鈴木さんであった。
そんな仲間達に囲まれた環境で友和の母、信子さんは先の訪ねてきた息子が言った「いつか一緒に暮らそう」といった言葉を生きがいに、日々生活していたのであった。

母の失踪

母親に会ってからというもの友和は変わった。仕事に打ち込み、一人で現場を任されるほどに成長をした。すべては順調だった。しかし、彼が19歳を迎えた今年5月に事態は急変した。市役所から彼の元に届いた一通の手紙、それは母信子さんが失踪したことを知らせる通知であった。すぐに銚子のアパートへと足を運んだ友和、仲の良い鈴木さんも加藤さんも母の行方は分からないままであった。聞くには、アルコール依存症である母は少しでも目を離すとふらふら外出し、"のんべえ"の知人に連れられて呑み歩かされ、彼らのいいカモにされているのだという。息子との再会後、酒を断っていた母だが最近再び飲み始めるようになってしまったそうだ。加藤さんは「アルコールをやめるには、ここ(アパート)に居ては駄目」と語る。すぐに友和は地元の警察署に捜索願いを出した

大安アパートの崩壊

友和の母信子さんの失踪は大安アパートの住人へも重くのし掛かった。親代わりとなっていた鈴木さんは深く責任を感じ自分を責め、次第に塞ぎ込んでいった。その頃から鈴木さん夫婦の間にも微妙な変化が起き始めた。先の件での鈴木さんの苛立ちが暴力となって、妻の君子さんに向けられていたのだ。暴力に耐えきれなくなった君子さんは3日後、鈴木さんの外出中を見計らってアパートを飛び出していった。自身の妻の失踪がまた鈴木さんを追い詰めていく。
加藤さんはアパートでの料理、掃除、洗濯を担当していた信子さんの代わりに家事をし、またすっかり気力の失せてしまった鈴木さんの世話をするようになった。
信子さんと君子さんの失踪で、あれだけ賑やかだったアパートが今ではひっそりと静まりかえっていた。

母親との同居

6月中旬、友和の元に暑から「母親が見つかった」と連絡が入った。信子さんは、銚子から40km離れた佐原駅前で酔ってふらついてるところを警官に保護されたのだという。皆に迷惑をかけたので銚子のアパートに戻りたくないという母親を友和は自分のアパートへと連れて行った。
憧れだった親子水入らずの生活がこうして始まった。しかし、友和も母に言うべき事はしっかり言うことにした
「母ちゃんがアル中なんかにならなかったらもっと違う人生があったかも知れないのにさ、多分すべての失敗はアルコールのせいだと思うよ」
酒が母親を駄目にする。友和は母親に酒をやめさせたいと真剣に考えていた。友和は毎日仕事から帰ると所持金チェックをし、母に酒を買う隙を与えなかった。
だが日が経つにつれ友和は母との生活に息苦しさを感じつつあった。狭い部屋のでの慣れない親子2人暮らし、その生活は互いに思い描いていた甘いものではなかった。
一方、銚子のアパートでは失踪した君子さんはまた行方が分からないままであった。加藤さんは居なくなった2人の代わりにまだ家事や鈴木さんの世話などを続けていたので交際相手の斎藤さんの所へは顔を出せず、その事で文句を言いに来た斎藤さんと鈴木さんが激しく衝突した。その一件以来、加藤さんはしょげ込み、まったく口をきかなくなってしまい、お酒を滅多に呑まなかった鈴木さんも毎晩酔いつぶれるようになってしまった。すべての歯車が少しずつ狂い始めていた。
そのころ友和親子の生活にも限界が訪れていた。アルコール依存症で働くことのできない母、友和の苛立ちはついに母へと向けられた。「面倒を見きれない、鈴木さんの所へ戻った方がいい」という友和、拒否する母と半ば言い争いになる。大きな亀裂、それが新たな事件を産むことになった……

そして失踪

友和は次第に帰りが遅くなり、仕事が終わった後も家には帰らず外で時間を潰すようになった。息子を不憫に思った母はついに家を出て調布のアパートへ戻ることを決意する。
だが、そのアパートへ帰る約束の日、再び母は失踪した。
その直後、大安アパートでも事件が起こっていた。妻の失踪に苛立った鈴木さんが近所の知人に彼女の行方を尋ねていった時に冷たくあしらわれたため、ナタで知人にケガを負わせてしまうといった障害事件を起こしてしまっていた。鈴木さんも居なくなり、家に一人取り残された加藤さんは苦悩し、2年5ヶ月暮らした大安アパートを出て、どこか新しい土地で暮らしていくことを決意する。
2004年9月、友和は母親の荷物を引き取るため久しぶりに大安アパートへと出かけていった。そこには失踪したはずの鈴木さんの妻君子さんが戻ってきていた。鈴木さんが傷害罪で捕まったと知って彼女は数日前にこの家へ戻ってきたのだという。
そして母との唯一の繋がりである荷物を受け取り友和は一年前に母と来た思い出の場所「犬吠埼」に寄った。この一年、様々事があった。母親との13年ぶりの再開、同居、そして失踪。喜びと悲しみが今、19歳の友和に寄せては帰した。「早く自分の家族が作りたい」と語る彼。しかし、母信子さんはまだ行方知れずのまま、彼は母が帰ってくることを今も待ち続けているのであった。